本研究の目的は、線虫C. elegansをモデル生物として、動物の行動可塑性をもたらす神経回路の制御機構を解明することである。線虫は、餌のある条件下で飼育されると、温度勾配上を過去の飼育温度域に移動するが、飢餓を体験すると、飼育温度に限定されず分散するという、報酬依存的な行動可塑性を示す。これまでの研究から、内在性のオクトパミン、セロトニンという神経伝達物質(あるいは神経調節因子)が、飢餓情報と餌情報の伝達に、それぞれ必要であることが示された。また、飢餓情報は主要な温度受容/記憶神経細胞AFD で発現するOCTR-1オクトパミン受容体を介する可能性が示唆された。 さらに、今年度においては、温度学習行動を制御する分子INX-4(イネキシン:ギャップ結合構成分子)に着目した解析を行った。inx-4変異体では、野生株と比較して、やや高温域に分布する興味深い現象が見られた。この好熱性の分布異常は、飢餓条件下で、より強くなる傾向があった。AFD特異的に、inx-4遺伝子を発現させると、この異常が回復したことから、INX-4はAFDで機能している可能性が示唆された。そこで、野生株とinx-4変異体について、まずは、餌あり条件において、AFD特異的Caイメージング解析を行い、温度刺激に対する神経細胞の反応を比較したところ、両者の間に顕著な差は見られなかった。今後、解析方法、温度刺激、餌の有無など、条件をさらに検討し、INX-4が行動可塑性を制御する機構の解明を目指す。 本研究によって、線虫C.elegansの行動可塑性に関与する幾つかの新規分子が明らかとなり、その作用・機能細胞が、温度受容/記憶神経細胞AFDである可能性が示唆された。更なる解析により、動物の行動可塑性を制御する神経回路機構の根本原理の解明に貢献が期待される。
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