X線タイコグラフィとは、コヒーレントX線回折と反復的位相回復計算に基づく、レンズを用いないX線イメージング技術である。本研究の目的は、手法開発・装置開発・解析技術開発の3つの観点からX線タイコグラフィを高度化させ、生体試料の高空間分解能内部構造観察を実現することである。前年度に我々は、試料の上流に円柱構造体を配置しインラインホログラムを取得することで、回折パターンの強度ダイナミックレンジを圧縮する“暗視野X線タイコグラフィ”を提案し、計算機シミュレーションによって有効性を確かめた。本年度は、大型放射光施設SPring-8において本手法の実証を目指した。 はじめに、試料に厚さ30 nmのTaジーメンススターテストチャートを用いて、円柱構造体がある場合とない場合の2通りで回折パターンを取得した。円柱構造体の直径、高さ、材質はそれぞれ100 nm、488 nm、Taであり、電子線リソグラフィ技術を用いて作製した。2つの回折パターンデータセットを利用する位相回復アルゴリズムを開発し、位相回復計算を行った。その結果、計算機シミュレーションで示唆されていた通り、再構成された試料像の空間分解能と位相感度は円柱構造体を利用しない場合と比較して向上し、12 nmの空間分解能、0.01 rad以下の位相感度を達成した。 さらに本手法を磁性細菌MO-1へ応用した。Taジーメンススターテストチャートの場合と同様に、円柱構造体がある場合とない場合で回折パターンを取得し、位相回復計算を行った。再構成された試料像より、MO-1の細胞小器官であるマグネトソームが鮮明に確認できた。さらに、マグネトソームを形成するマグネタイト微粒子の一つ一つを解像できており、空間分解能は20 nm以下と見積もられる。以上のように、暗視野X線タイコグラフィを実証し、生物試料の内部構造観察に応用したことが今年度の研究成果である。
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