ナイロンオリゴマー分解酵素の基質であるナイロンオリゴマーは人工化合物であり、自然界に存在しなかった物質である。しかし、本酵素は自然進化によって比較的短期間の間に人工化合物に適応することに成功した珍しい系である。従って、自然進化つまり自然によるこの合理的なデザインがどのように発生したのか明らかにすることができれば、今後の酵素の分子工学およびデザインに対して新しい知見を与えることができると期待される。本年度の研究は、本酵素がどのようにして人工化合物であるナイロンオリゴマーを分解する機能を獲得し、自然に適用できたのかその理由を明確にするため、野生型とその変異体(Y170F)に関して、具体的な反応機構の解明や自由エネルギー地形の算出を行った。着目しているTyr170は、活性中心近傍にあり、基質のアミド結合と水素結合を形成していることが判明している。その一方で、Tyr170は類似タンパク質であるβラクタマーゼには存在しない特異的なアミノ酸残基である。本研究ではQM/MM CPMD法やPaCS-MD、FMO法など様々な計算手法を利用して、Tyr170の役割を検討した。その結果、得られた2つのデータを詳細に比較することによって、今回着目していたTyr170が直接触媒反応に関与していることが判明した。Tyr170が存在することにより人工化合物であるナイロンオリゴマーの分解を促進していることが明らかとなった。本研究によって自然による合理的なデザインによって生じたナイロンオリゴマー分解酵素の反応機構を明らかにした点は、今後様々な酵素のデザインを検討する上で重要な学術的概念を与えると期待される。
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