研究課題/領域番号 |
13J03087
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高木 里奈 東京大学, 大学院工学系研究科, 特別研究員(DC2)
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キーワード | 有機導体 / 強相関電子系 / 多軌道系 / 核磁気共鳴 / 圧力下実験 |
研究概要 |
本研究では、金属元素Mのd軌道とtmdt分子のπ軌道から成る、多軌道有機強相関系[M (tmdt)_2]を用いて、電子相関と軌道混成の2つのパラメータ制御による新しい電子相・現象の発見を目指している。 まず、π軌道系であるM=Ni, Pt塩の^<13>CNMR測定を行い、常磁性金属的な振舞いを観測した。また圧力下測定も行い、加圧による緩和率の減少、すなわちバンド幅の増大を明らかにした。さらにMHz以下の遅い揺らぎを示唆するNMR緩和率の周波数依存性がtmdt配位子の末端にある^1H核と中心に位置する^<13>C核の両方で観測された。これは他の有機導体において観測されているような分子末端のエチレン基やメチル基の運動では説明できず、M (tmdt)_2分子特有の運動の存在を示唆しており、その運動として金属M回りのtmdt配位子の回転運動を提案した。 また、π-d縮退系の[Cu (tmdt)_2]における圧力下^1H_NMR測定を行った。4kbar程度の圧力印加により常圧の反強磁性転移が急激に消失し、緩和率の絶対値、温度依存性は室温以下の全温度域で変化した。この圧力変化は、同じくπ-d縮退系の[Au (tmdt)_2]と同様であり、両塩における電子状態の変化が示唆される。その起源としてバンド幅増大によるd軌道のモット転移やπ-d混成の変化による価数転移を提案した。さらに両物質の緩和率が磁気転移の消失と同時に変化したことに対し、電子状態の変化に伴ってd軌道の価数の揺らぎが誘起され、その結果、上述のtmdtの回転運動が圧力下で増強されるというモデルを提案した。 以上のように、[M (tmdt)_2]系の電子状態についてπ-d軌道縮退、バンド幅(電子相関、軌道混成)の観点から理解を深め、さらにM (tmdt)_2分子の特異な運動の存在とそのd軌道の価数の揺らぎとの相関を指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
[M(tmdt)_2系の電子状態について^1HNMRと^<13>CNMRを駆使することで、各電子相を特徴づけることに成功し、π電子とd電子の役割を実験的に初めて明らかにした。さらに本研究の過程で、[M(tmdt)_2]系が特異な分子運動を有することを見出し、周波数や圧力を系統的に変化させたNMR実験により、電子間相関と軌道自由度に加えて分子の内部運動自由度が強く関与することにより様々な物性が発現していることを明らかにした。これは電子と有機物質特有の分子内部自由度との相互作用を用いた創発現象の開拓に向けて新たな切り口を与えたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究でπ-d縮退系M=Au, Cu塩において、電子状態および分子運動の大きな圧力変化が明らかとなった。これらの軌道状態と物性変化の関係を明らかにするため、^<13>C置換体(粉末試料)を用いた圧力下^<13>CNMR測定を行う。^<13>C核はtmdt分子の中心に位置するため、電子系との相互作用が大きく、電子の軌道状態を知ることができると期待される。微量な粉末試料での測定になるため、圧力媒体のオイル中の^<13>Cに由来する信号強度が大きくなり、解析が困難になるという問題が予想される。この対応策として、有機物質である[M(tmdt)_2]は水に溶けにくいため、純水を圧力媒体に用いることを考えている。また、圧力下での急激な電子状態変化は、結晶構造や分子構造の変化を伴っている可能性があるため、大型放射光施設(spring-8)にて微小単結晶を用いてX線構造解析を行い、低温および圧力下における構造変化を調べることを計画している。さらに構造パラメータの温度因子を解析し、M(tmdt)_2分子に特有な運動の温度・圧力変化を観測することも試みる。 以上の結果を総括し、この系の電子状態および分子運動について統一的な理解を目指す。
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