本研究は、急流域の岩の上という被子植物にとって極限ともいえる特殊な環境に生育するカワゴケソウ科植物を用い、極限環境下における制約解放がもたらす種形成・多様化機構を解明することを目的としている。そのために第三年度は、1. 景観集団遺伝学的解析による日本自生集団の遺伝構造と地理的な分布制限要因の推定、2. 制約解放による多様化の分子基盤を明らかにするために追加データの取得と解析、論文執筆を行った。 1の解析より、近距離河川に分布する種では、集団間の遺伝的距離が地理的距離と相関する傾向が見られた一方、遠い河川に点在して分布する種では、距離による隔離が検出されず、顕著な集団分化が進んでいることがわかった。本科植物が河川急流域にしか生育しないことを考慮すると、生育環境とそれに付随する分布パターンが種分化・多様化に貢献したと考えられる(Katayama 2016 Am. J. Bot)。 次に2の解析では、カワゴケソウ科7種と姉妹群、外群の遺伝子配列情報を取得し、2000以上の遺伝子について分子進化学的解析を行なった。その結果、科内で派生的な分類群において特定の遺伝子に限らず大部分の遺伝子で分子進化速度が上昇しており、同義置換速度、非同義置換速度がともに高くなっていることが明らかとなった。このことは、本科内で突然変異率が上昇し、集団内に遺伝的変異の供給増大が起こったこと、選択的制約の緩和により見かけ上の塩基置換速度が上がり、新たな遺伝子進化が促進された可能性が考えられる。
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