本研究の目的は、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルを中心とする「近代フランス音楽」のカノン化の過程を、同時代の演奏家による「伝統の創造」という観点から批判的に検証することである。今年度も、フランスのピアニスト・教育者のマルグリット・ロン(1874-1966)による作曲家伝承の事例を中心的に取り上げ、とりわけフォーレ音楽の演奏伝承をめぐる問題を軸に、研究実施計画に掲げた以下の二点について作業と考察を進めた。一点は、作曲家からの「伝統の継承」をめぐるロンの言説の成立とこれに対する批判的動向についての調査である。もう一点は、演奏家の言説・楽譜・演奏録音の比較分析による、演奏実践レヴェルでの伝承実態の分析である。 研究の実施にあたっては、まず5月21日~6月16日にかけて資料調査のためパリに滞在し、マーラー音楽資料館およびフランス国立図書館においてロンの使用楽譜や執筆原稿、フォーレの没後の受容に関わる資料等を閲覧した。その成果をまとめたものが、以下の2件の学会発表である。7月のパフォーマンス・スタディーズ・ネットワーク第3回国際会議においては、音楽実践における「創造性の分配」をキーワードに、ロンの事例を通して、20世紀初頭における「演奏家」と「作曲家」との間の権力関係の変化が、作曲家の名を冠した「伝統」に関する演奏家の言説の構成にねじれた形で反映されていることを明らかにした。11月の日本音楽学会第65回全国大会では、ロンのフォーレ伝承活動に夫の音楽批評家ジョゼフ・ド・マルリアーヴからの濃厚な影響がみられることを指摘し、近代フランス音楽の「アンバサダー」としてのロンのキャリアの原点を示した。 20世紀初頭の作曲家と演奏家との同時代的な社会関係を踏まえ、作曲家没後の伝承問題を演奏家の目線から考察した本研究からは、次年度提出予定の博士論文の根幹をなす重要なデータと考察を得ることができた。
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