研究概要 |
共感は、社会科学では援助行動や社会保障制度への合意など個人の福利を超えた意志決定の基盤として注目を集めており、また自閉症スペクトラムのような他者の心的状態の推測が困難な症例を扱う臨床場面においても本質的に重要であるため、さまざまな領域で活発に研究が行われて来た。その一方で、臨床医学、社会神経科学、社会・発達心理学を含む多様な領域においてこれまでほぼ独立に展開されており、統一的なパースペクティヴを欠いているのが現状である。近年の社会神経科学領域における「自他の間に"共通の痛みの回路(shared pain circuits)"が存在する」という知見(Singer et al., 2004, 2006 ; Decety & Lamm, 2009)や、ラットを始めとする哺乳類の共感現象を報告する研究(Preston & de Waal., 2002)は、"共感"と呼ばれる複雑な現象群の身体的・生理的基盤・進化的基盤を明らかにするという意味で極めて重要である。しかし、こうした進化的視点あるいは社会神経科学的アプローチは、島(insula)や帯状皮質(cingulate cortex)などの情動的回路(pain matrix)を中心とする自動的(ボトムアップ的)側面を重視しがちであり、"共感"を思いやりや利他性、心の理論といった人間特有の高次の認知過程として捉える傾向のある社会科学の着想とは距離があった。 そこで、本研では、他者の苦痛への共感について、情動的/自動的なボトムアップの過程と認知的/制御的なトップダウンの過程の交絡関係を認知(情報入力)→神経科学(情報処理メカニズム)→生理・行動(出力)の多方面から明らかにすることを目指している。
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