研究概要 |
私は, シジュウカラ科の鳥類が, 音声によって, つがい相手やヒナ, 群れの仲間に, せまりくる捕食者の種類やみつけた食物の位置など, 様々な情報を伝えることを明らかにしてきた。本研究は, そのような複雑な情報伝達がどのような生態的要因によって進化したのか明らかにすることを目的とする。 シジュウカラの親鳥は, ヒナを捕食しようと巣に近づくカラス・ヘビを警戒する際, 2種類の鳴き声を使い分ける。ヒナは樹洞の巣でそれら異なる警戒声を聞くと, 「うずくまる」・「飛び出す」という対照的な行動を示す。これらヒナの反応は, 「巣口から嘴でヒナを襲うカラス」・「巣に侵入するヘビ」の捕食を回避する上で適応的である。ヒナの回避行動は, 樹洞という営巣空間において特異的に役立つと考えられるので, この複雑な親子間コミュニケーションは, 巣の構造と関連して進化した可能性がある。そこで, 営巣タイプの異なる複数の鳥類種を対象に, 捕食者(カラス, ヘビ)に対する親鳥の警戒声と, つがい相手・ヒナの反応を調べた。 2013年5月~7月にかけて, 長野県軽井沢町において野外研究をおこなった。各種鳥類の巣において捕食者(カラス, ヘビ)の剥製を提示し, 親鳥の警戒声を録音した。樹洞営巣性の烏類ではカラスとヘビに異なる警戒声を使い分ける傾向がみられたが, 椀型営巣種にはその傾向がみられなかった。これらの結果は巣の構造とコミュニケーションが関連して進化したという予測を支持する。 さらに, 2013年8月に日本のシジュウカラの警戒声をイギリスのシジュウカラに聞かせる実験もおこなった。イギリスには鳥を襲うヘビが分布していないにもかかわらず, 日本のシジュウカラのヘビに対する警戒声に特異的な行動で反応することが確認された。これらはまだ予備的なデータではあるが, 音声の意味を生得的に理解する能力が捕食者の非存在下でも保存されていることを示唆する興味深い観察である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2013年度は, 採用初年度ではあるものの, 音声コミュニケーションを複雑に進化させる要因を探る上で, 重要な成果を得ることができた。特に, 巣の構造が指示的なコミュニケーション(referential communication)の進化要因であることを示す証拠が得られたことは大きな進展といえる。さらに, シジュウカラと同所的に生息する他種や, 捕食者相の異なる地域の鳥類までも, シジュウカラの警戒声から情報を読み解く能力があることが示唆されるなど, いくつかの新たな発見もあった。これらより, 当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
まず, 巣の構造が指示的なコミュニケーションの進化に与える効果を検証するには, 様々な営巣タイプをもつより多くの鳥類種に対して野外実験(剥製提示実験および音声再生実験)をおこない, さらにデータを蓄積する必要がある。また, 捕食者相が進化要因となるか検証する課題については, ヘビの分布の有無にかかわらず, シジュウカラはヘビ特異的な警戒声に特異的な反応を示すという予測とは反対の結果が得られた。これはまだ予備的なデータではあるが, 鳥類において警戒声を認知する能力は, 進化的時間スケールで失われにくいことを示す興味深い観察である。今後, ヨーロッパにおいて比較研究を進めることで, 音声コミュニケーションが複雑に進化する上で生得と学習がどのようにかかわり合ってきたのか解明することにつながると期待される。
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