本研究の目的は、羅唐戦争と呼ばれる669年から676年にかけて起きた新羅と唐の戦争期の動向を中心に、新羅が百済・高句麗滅亡後、その旧領・旧民を吸収しどのように国家統合をはかったのか、そしてその統合過程が東アジア情勢の中でどのように位置づけられるのかを明らかにすることである。本年度は、「羅唐戦争関連の研究」、「在唐百済・高句麗遺民関連の研究」に重点を置いて研究を進めた。 1 羅唐戦争関連の研究 前年度から継続してきた唐人墓誌の検討から得られた研究成果を論考「唐人郭行節墓誌からみえる羅唐戦争―六七一年の新羅征討軍派遣問題を中心に」として発表した。またこれまでの墓誌研究から得られた知見を活用しつつ、『三国史記』の記事から当時の新羅の対唐認識を復元させることを試み、「羅唐戦争終結期記事にみる新羅の対唐意識―『三国史記』文武王一四・一五・一六年条の再検討」という論考を発表した。 2 在唐百済・高句麗遺民関連の研究 昨年度から学会発表を基にした意見を基に「在唐百済遺民の存在様態―熊津都督府の建安移転の史的意義と関連させて」を現在学会誌に投稿中である。また、在唐百済遺民に関わる史料の分析視角を新たに提示することを試みて、「黒歯常之関連史料の総合的再検討― 在唐百済遺民史の分析視角のための試論」という題目で学会発表を行った。これと並行して東アジア情勢の全体像を把握するためには高句麗遺民に対する研究も進展させる必要がある。そこで、2015年3月現在で公開されている高句麗遺民墓誌23点の釈文を作成した。
|