本年度は量子気体顕微鏡の技術を活用して、原子が2次元光格子中に欠陥なく並んでいる状態を生成する段階に踏み込んだ。まず、Bose-Hubbard模型で実現される超流動状態からMott絶縁状態への相転移を、飛行時間測定法を用いて観測した。超流動状態では原子の位相が揃っているため、波動関数が拡散するとともに干渉縞が現れる。ポテンシャルの深さを徐々に上げていくとMott絶縁状態が誘起され、原子の位置が確定されると同時に位相が不確定になり、干渉縞が消えていくことが確認された。実験において相転移が生じたポテンシャル深さは、理論的な予想と一致していた。Mott絶縁状態が誘起されても、系の温度が十分に低くなっていない場合、一つのサイトに2個以上の原子が入ったり、あるいは欠陥が生じたりしてしまう。私が構築した量子気体顕微鏡は、サイト内原子数が0か1かを区別することはできるが、原子数が1か2以上かを判断することはできない。そこで、光会合技術を導入することで、同一サイト中の2原子を分子に変換・排除し、原子数の偶奇を判定することにした。 実際に光会合光を照射した後、量子気体顕微鏡を使って光格子中の原子分布を直接観測したところ、各サイトの原子数が予想に反して揺らいでいることが確認された。原子数のゆらぎを抑圧するためには系の温度を1nK程度まで下げる必要性がある。別途、系の加熱レートを評価したところ、30nK/sec程度であることが判明した。超流動相からMott絶縁相への相転移を誘起し、顕微鏡で観測するためには、1sec程度の時間が必要となるため、上記した超低温度下での観測は難しいと言える。光格子を生成しているレーザーを吸収・自然放出することによる不可避な加熱レートを見積もったところ、僅か50pK/secであり、測定された加熱レートが、主に、レーザーの周波数・強度ノイズや、実験系の音響振動といった技術的なノイズによるものであることが明らかとなった。
|