『源氏物語』において論じられる複数作者説及び成立過程を検討することを目的とし、語の頻度などの計数可能な表現形式を抽出し、統計的な手法を用いて分析を行った。 分析の結果、従来から複数作者説が論じられている匂宮三帖及び宇治十帖のどちらにおいても複数作者説を支持する積極的な根拠は認められなかった。従って、計量的な判断に基づくと、『源氏物語』の諸巻の多くは単独の作者によって執筆された蓋然性が高いと考えられる。 多変量解析を通じて、匂宮三帖と宇治十帖との間に量的な傾向の相違が認められた。また、宇治十帖は主たるヒロインのひとりである浮舟の登場する巻が、宇治十帖の5巻目である「宿木」であることから、ストーリー上前半4巻と後半6巻に分けられる。また、宇治十帖の「橋姫」「宿木」「手習」の冒頭は共通して「そのころ」という発語によって開始されることから、構造上3つのブロックに分類されるという可能性が指摘されている。しかし計量的な観点においては、前半5巻と後半5巻との間において、各分析項目において顕著な出現傾向の相違が認められた。一例を示すと、品詞構成比率についての分析から前半5巻には名詞・補助動詞・形容詞・形容動詞が相対的に頻出しており、後半5巻においては代名詞・動詞・連体詞・助動詞が相対的に頻出していると考えられる。このように、匂宮三帖と宇治十帖との間、及び宇治十帖の前半5巻と後半5巻との間に量的傾向の相違が認められた。よって、これら13巻は継続的に執筆されたのではなく、段階的に成立した可能性が考えられる。 このように、計量的な観点においては、第三部における複数作者説を支持する積極的な根拠は認められず、宇治十帖には表現形式の量的傾向が相違する2つのグループが存在することが明らかになったと言える。
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