研究課題/領域番号 |
13J04195
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
大谷 崇 早稲田大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ルーマニア / エミール・シオラン / ナエ・イオネスク / ブクル・ツィンク / ミルチャ・エリアーデ / 思想史 / ファシズム / ナショナリズム |
研究実績の概要 |
本年度は、主に戦間期ルーマニアの知的世界において重要な役割を果たした人物に重点を置いて研究を遂行した。なかでも本年度注目した人物はナエ・イオネスクとブクル・ツィンクである。 ナエ・イオネスクはシオランの師にあたる人物であり、特に当時の若者が極右の運動に参加する点で大きな影響力をもった。それゆえ彼の思想をその政治への接続という観点において検討した。 ナエ・イオネスクの思想はとりわけその宗教的・ナショナリスティックな側面において「正教主義」と呼ばれるが、それは彼がルーマニア民族の本質を正教に見たからである。この考えにはもちろん民族の本質というものの存在を想定する本質主義の考え方を前提しているが、彼はこの本質主義的思考をきわめて静的な仕方で展開し、現実の政治の文脈においてこの思考を適用し、その結果としてルーマニア・ファシズム組織である鉄衛団のイデオロギーと親和性を持つに至った。本年度は以上のことを教会と国家との関係についての彼の思想の変化という観点から確認した。 ブクル・ツィンクはシオランと同郷出身の同世代の知識人であるが、彼は著書『文明の防衛』において、シオランの『ルーマニアの変容』に影響されつつもこれに反対する主張を行い、フランス革命以来の西欧的価値を擁護した。注目に値するのは、ツィンクがこの擁護にあたって理念や価値の体系としての「精神」の優位を前面に押し出したことであり、またこれによってミルチャ・エリアーデやニキフォル・クライニクのような「精神性」(霊性)の称揚を通じて右翼の領域に入っていく傾向に対抗し、「精神」を右翼の陣営から取り戻そうとしたということである。このようなツィンクの議論は、エマニュエル・ムーニエに代表されるフランスの「エスプリ」派の影響を大いに受けているが、このことは、当時のルーマニアがヨーロッパ中の思想的潮流が合流し対決する場であったことを如実に示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第1年度において、次年度以降に予定していた研究を先行して遂行し、計画上では第1年度に遂行する予定であった研究を第2年度に遂行し発表するなど、研究計画の遂行において前後するものがあった。そのため第2年度の研究の後半部分を第3年度に発表を予定する結果となったが、第3年度の研究はフランスに滞在し資料収集を行うことを前提としているため、フランス渡航までの期間を研究発表に当てるとともに、第1年度において先行して行った研究を考慮すれば、全体としておおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究にあたって、以下の点が重要と考える。 1.戦間期ルーマニアの知的世界を、当時のヨーロッパ中の思想的潮流が合流し融合しつつ対決する場として捉え直すこと。ブクル・ツィンクがエマニュエル・ムーニエら「非順応主義者」と言われる知識人らに多大な影響を受けたように、アクション・フランセーズやフランス・トマス主義、イタリア・ファシズムとコーポラティヴィズム、パリの亡命ロシア人知識人や、さらにはナチズム、ボリシェヴィズムといったあらゆる思想が当時のルーマニアに流れ込んでいた。そしてルーマニアの知識人は他のヨーロッパ各国の思想をそのまま繰り返しているのではなく、取捨選択・改変を施したのちに自らの論を展開していたのであり、この選択のプロセスをその源泉と突き合わせて解明することが必要である。 2.各人が使用する「言語」や概念に着目すること。例えばツィンクが精神の優位を唱えつつ西欧の価値を擁護したように、エリアーデやクライニクは同じく精神の優位を唱えて西欧とは異なる東側の価値を強調することができた。このように、それぞれ目標は異なりつつも、彼が使用する「言語」は同じものだと考えられる。この点で精神の優位を唱えないシオランと彼らは異なると言える。 3.以上をふまえつつ、ルーマニアのシオランを当時のルーマニア知的世界において定位し、かつそこからの脱却がいかにして行われたかを解明すること。この研究に際しては、シオランのルーマニア-フランス移行期の草稿が不可欠であるため、草稿が保管されてあるフランスのジャック・ドゥセ図書館を訪問し、草稿資料を収集し、この移行期とそれ以前のルーマニア時代(特に『ルーマニアの変容』の時期)およびそれ以後のフランス時代と対比させ、ルーマニアのシオランとフランスのシオランの断絶を検討する。
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