この研究のテーマは、18世紀半ばに、フランスで考案された映像と音響に関する装置である。分析の対象となるのは、当時の文学に登場する想像上の装置や、文学と関わりをもちつつ、実際に製作の対象でもあった装置である。なかでも、この研究では、今日の技術を先取りするようなものよりはむしろ、同時代に支配的であった技術からは隔たりのみられる時代錯誤な発明、不首尾に終わったものに目を向ける。これまで顧みられることが少なかったそれらの装置を研究の起点として、その文化的背景を描き出すことによって、当時の文学に垣間みられる、周縁的な映像、音響メディアという視点から、18世紀のフランス文化に光を当て直すことがこの研究の目的である。 平成25年度は、ルイ=ベルトラン・カステル神父の「視覚用クラヴサン」を取り上げた。通常のクラヴサンにおいては、音楽を耳で楽しむのに対して、カステルが考案した「視覚用クラヴサン」という新しい装置では、音楽を目で鑑賞する。この装置の構想は、1725年に発表され、それ以来、フランスをはじめとしたヨーロッパの国々で注目されるようになる。カステルは、この構想を実現させるために試行錯誤を重ね、その途上で、染色された「リボン」をメカニズムの中核に用いる発想が生まれた。今年度の私の研究では、その「リボン」の実現の可能性を模索する経緯をあきらかにする、1741年にカステルがリヨン・アカデミーへ書き送った二通の未発表書簡を資料に用いて、「リボン」製作のための実践的な議論が、カステルの理論の展開とどのように関係しているのかを分析した。
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