生体分子は、周囲の分子の相互作用を受けながら機能を発現する。生体内では極性の高い環境が存在している事が示唆されており、周囲の環境が形成する静電場と分子機能との関連が指摘されている。生体関連分子は水素結合ネットワークを介して構造を形成しており、この構造に起因する静電場や分子間相互作用が反応に及ぼす効果の解明が分子機能の発現を理解するために重要である。本研究では、励起状態プロトン移動(Excited-State intramoleculer Proton Transfer; ESIPT)を生じる分子について、外部電場やアセトニトリル結晶を利用して溶質分子の周辺の溶媒分子の水素結合ネットワークの組み換えによる分子配列の変化がESIPTに及ぼす効果を解明することを目的に、分光測定と量子化学計算を用いて研究することを計画した。昨年度、電場印加によってESIPTの前後の互変異性体の発光強度比が増減する結果が得られた。今年度は、電場印加時のエネルギー緩和過程の変化を測定するため、時間分解測定を行った。その結果、外部電場によってESIPTが制御される事が分かった。解析結果より溶液相では報告例がない中間状態の存在が示唆され、光励起後のエネルギー緩和過程について新規な情報が得られた。また、固相/固相相転移が生じるアセトニトリル固体内に溶質分子をドープして分光測定を行った。相転移の前後で、発光スペクトルが劇的に変化し、構造緩和が制限される固体内で液相中より励起状態が安定化することが示唆され、溶質分子の周囲のアセトニトリルの環境がESIPTポテンシャルと分子の構造緩和に顕著な影響を及ぼしている事を示す結果が得られた。これらの結果は、プロトン移動に対する摂動効果に加えて、液相中では観測されない固相中での励起分子のエネルギー緩和過程について新規な情報を提供するものである。
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