本研究の目的は,自然科学で得られる多様なデータから原理・法則を抽出するデータ駆動科学を推進することである.中でも,マルコフ連鎖モンテカルロ法のような統計力学的手法に着目している.採用最終年度である平成27年度では,マルコフ確率場のハイパーパラメータ推定,過完備スパース近似,走査トンネル顕微・分光法の圧縮センシングに関する研究を主に行った. マルコフ確率場とは,画像データ解析に有用なモデリング手法であり,そのハイパーパラメータは拡散係数に対応することが指摘されている.本研究では,自身が開発した分布推定の手法の性能を解析的に評価した.また,本手法を用いて,計測ノイズを低減するためにしばしば行われる平均操作は、ハイパーパラメータ推定の信頼度をかえって低下させることを明らかにした. 過完備スパース近似とは,予め用意された過完備基底から少数の基底ベクトルを選びその線形結合で高次元データを表現することである.圧縮歪を小さくするような基底ベクトルの組を選ぶことが課題である.本研究では,スパース近似の目的関数をエネルギー関数と見なして,統計力学で言うところの状態密度を解析した.レプリカ法による理論解析と交換モンテカルロ法による数値解析から一貫した結果が得られ,問題の性質に迫った.また,貪欲法の観点からアルゴリズムを開発することの有望性を示した. 走査トンネル顕微・分光法(STM/S)により観測される準粒子干渉パターンは物質のバンド構造と密接に関連しており,STM/Sは物質科学の基本技術として期待されている.一方で,その計測時間の長大さが普及の妨げになっている.本研究では,準粒子干渉パターンのスパース性に着目し圧縮センシングを適用することにより,通常よりも少ないデータからでも準粒子干渉パターンを推定できることを明らかにした.
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