当初計画では、Meyerら(2006)の報告を参考にして作製する「胎仔期母体擬似ウイルス感染モデル動物」を用いて統合失調症発症様精神異常行動発現に関わる分子基盤を追究する予定であった。しかしながら,私が計画したICR系マウスでのモデル動物化が困難であることが判明したため、研究期間内にモデル動物を確立し成果をあげることは極めて厳しいと判断した。したがって、別のアプローチにより環境要因による脳機能変化に関わる分子基盤を追究することにした。今年度は、有機スズの一種であるトリメチルスズ(以下TMT)投与により脳海馬領域に選択的な細胞障害を惹起したマウスを用いて、行動学的障害と解剖学的障害の関連性について検討した。 TMTの腹腔内投与が、ddY系マウスにおいて、海馬歯状回領域に特異的な神経細胞数の減少とその後の神経新生による神経細胞数の回復、また、学習記憶障害を惹起することが報告されている。本研究では、私がこれまでに研究データを蓄積してきたICR系マウスを用いてTMT誘発脳海馬障害マウス(TMT障害マウス)の作製を行った。本マウスにおいて、海馬歯状回領域での部位特異的な神経細胞の脱落を観察し、TMT誘発神経障害後に神経新生が増加することを認めた。すなわち、TMTを腹腔内投与したICR系マウスが、ddY系マウスと同様にTMT障害マウスとなることを確認した。 ICR系TMT障害マウスの自発運動量は、TMT誘発神経細胞数の低下が回復した後において対照群と比較し差異がなかった。一方、強制水泳試験においては、うつ様行動の指標とされる無動時間の増大が認められた。 また、海馬歯状回領域でTMT誘発神経細胞数の低下が観察される時期に、海馬領域全体にアストロサイトが発現増加すること、さらに、この現象がTMT誘発神経細胞数の低下が回復した後も持続してアストロサイトが増加することを見出した。
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