本研究は、「臨床(clinical)」の語が指し示す技法や知のあり方の特徴を、〈臨生〉という語を用いて思想的に問い直すものである。本研究では、“「異他なるもの」を通して「この私が」「この世この生のリアリティ」と出会い直す働き”を〈臨生〉と定義し、こうした〈臨生〉の思想圏に対して次の三つのアプローチ、①〈臨生〉の視座を持つ諸思想の検討、②〈臨生〉の思想圏と現代思想の接点の検討、③心理療法およびケアの領域における基礎理論の検討、から考察をおこない、「臨床」の語が本来有しているはずのダイナミズムやその知の技法を抽出することを最終目的とする。〈臨生〉の思想圏を多角的に考察し、「臨床」概念の新たな捉え直しを試みるにあたり、最終年度である本年度は、研究計画のうち、主に③の課題に取り組んだ。
まず1点目は、現代のこころのあり方を典型的に示すものとしての発達障害の研究を通して、子どもの心理学的成長における「異他なるもの」の作用について考察した。この研究内容については、京都大学こころの未来研究センターの発達障害プロジェクトでの事例検討および共同研究に継続的に関わるなかで、成果を共著論文「発達障害へのプレイセラピーにおける保護者面接の意義と可能性」として『箱庭療法学研究』に投稿しており、現在、査読修正中である。
2点目に、臨床的な<知>のあり方をユング派の立場から考察したW・ギーゲリッヒの”Soul’s Logical Life”の邦訳を進めた。本書は、心理療法という狭い意味での「臨床」場面における知を人間理解全般に敷衍させたものであり、出版されれば、心理学の領域のみならず、哲学や人間学の領域に対しても大きなインパクトを与えうると考えられる。研究員採用期間終了後も継続的に残りの作業を進めたい。
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