研究概要 |
本年度は, 他者の心的状態の推測に対する心的ストレスの影響機構を検討するため, 1)遺伝子解析結果を加えた以前の実験データの追加解析, 2)視点取得傾向による個人差及び社会的状況に着目した心理学的実験を実施した. 1. 他者の心的状態を推測する際に自己の視点情報が妨害要因となり, 前頭前野外側部がこのような自己視点情報による干渉の抑制に関連する(Vandeer Meer et al., 2011), しかし報告者たちの以前の研究から, 心的ストレスにより自己視点情報の抑制プロセスが妨害されることが示唆されている(Himichi, Fujita and Nomura, under review). 本年度はその背景にある遺伝的基盤を検討するため, 当研究の参加者の遺伝子解析結果を加え, データの追加解析を行った. その結果, オキシトシン受容体遺伝子多型G多型保有者は, 心的ストレスが低い場合に他者の心的状態の推測時の前頭前野外側部活動が上昇するが, 心的ストレス喚起後では対照的に当脳領域活動が妨害されることが示された. この結果は, 社会的認知能力が高いとされるG多型保有者が心的ストレスによる妨害を受けやすいことを示しており, 他者の心的状態の推測において遺伝子多型xストレス状態の交互作用が生じる可能性を示唆している点で重要である. 2. 他者の心的状態の推測における心的ストレスの効果について, これは対人的場面に固有な処理過程に及んでいるのか, また他者視点を取得する傾向の影響がみられるのか, という点は不明であるため心理学的実験によりその点を検討した. その結果, 他者の視点を取得する傾向の高い人はストレス状態が低い場合に対人場面で自己視点による干渉がおきやすいが, 心的ストレス喚起後にこれが緩和されることが示された. この結果は, 視点取得傾向の高い人において, 心的ストレスが他者の心的状態の推測における対人的場面特有の処理過程に影響を及ぼしうることを示している点で興味深い. 今後の研究では, その影響過程の背後にある神経的・遺伝的メカニズムを検討する必要がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
他者の心的状態の推測におけるストレス状態×遺伝子多型の交互作用を示したこと, さらに今後そのような交互作用機序を詳細に検討するうえで重要となる心理学実験を実施したことから, 達成度を上記のように判断した. また精力的に論文執筆・学会発表を行ったことや, 遺伝子多型のデータベースの拡大も問題なく進行していることも特筆すべき事項である。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は, 心的状態の推測時の前頭前野外側部に対する心的ストレスの効果が対人的場面に固有的に生じるのか, またその影響過程においてオキシトシン受容体遺伝子多型の調整効果はみられるのかという点について, 近赤外分光法による脳機能計測や唾液によるホルモン測定, 遺伝子解析など複合的な方法論を組み合わせた実験を行い検証する. また, 本年度行った研究に関し精力的に研究発表を行う予定である。
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