本研究は,複眼視覚と行動の関係性に基づいて,絶滅動物三葉虫類の適応放散様式を解き明かすことを目的としている.三葉虫類は,古生代に多様な形態バリエーションを獲得し,様々な海洋環境へ進出した節足動物である.中でも,コリネクソカス目に属する三葉虫種は,明確な体区分の分化が認められ,各体区分での機能的な特殊化がうかがえる.当該年度は,コリネクソカス目に属する三葉虫種エオブロンテウスを研究対象とした.本種は,極めて扁平な外骨格とうちわ状の大きな尾部をもつ.複眼は,片眼で水平方向300°を超える視野範囲を持ち,左右の複眼の視野範囲が重複する両眼視領域が生じている.複眼形態と,その独特の骨格形態の関係性を明らかにするために,視野前方,及び側方の視軸分布様式と,体サイズの異なる3個体の複眼形態の変化様式を検討した.複眼を構成する個眼の視軸の分布様式を計測した結果,視覚解像度の分布様式が視野前方と側方で大きく異なり,前方では仰角20°領域,側方では水平0°領域に解像度の高い領域が分布していた.つまり,本種は扁平な外骨格により海底面に極めて近い視点から水平線を高い解像度で見ており,前方領域では左右の複眼で仰角20°付近を高い解像度で両眼視していたこととなる.サイズの異なる複眼の微細形態を比較した結果,個眼の配列様式や形状に大きな変化はなかった.しかしながら,レンズサイズは背側領域を除き,直径120μmで抑制される傾向が観察された.これは,本種の複眼が成長を通して外界の光環境との整合性を図っていた可能性を示す重要な結果である. 当該年度の研究によって,派生的な外骨格形態をもつ三葉虫種に高度な視覚が備わっていた可能性が示された.初年度に研究対象とした形態の異なる近縁種ステノパレイアや祖先種と視覚特性,骨格形態を比較検討することで,三葉虫種の適応放散様式の理解を深めることができると期待できる.
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