本研究課題では,河川性アマオブネ科貝類を対象に(1)分子・形態情報の対比による種分類,(2)標本調査による種名の確定と地理的分布の把握,(3)回遊行動の進化および河川への進出に伴う形態の適応進化,(4)幼生時の殻・蓋を利用した生活史推定および分散の評価の4項目を軸に研究を実施した.前年度と同様,分子・形態データに基づき分類を再検討した結果,殻形態による種分類が可能となり,各種の分布は広く,種内の遺伝的変異が小さいことが判明した.アマオブネ類の分布は,造礁サンゴなどCoral Triangle を中心とした浅海性動物の一般的分布傾向に近似することが明らかとなり,主に海流と河川水温により分布が規定されていることが推定された.また各国主要博物館所蔵模式標本の整理を進め,上記の新分類形質を用いた再検討により各種の有効学名を決定した.アマオブネ上科貝類のほぼ全属を網羅する約80種を対象とし,ミトコンドリア・核DNAの塩基配列を決定,系統樹を構築した.浅海起源である同上科において,両側回遊の獲得および陸水から海への再侵出が複数回起こったことが推定された.笠型の殻を持つ分類群が多系統群であり,笠型の殻と足部付着面積の増大は河川急流環境への適応として複数回獲得されたことがわかった.着定直後の稚貝標本を用い,EPMAによる幼生時の殻(原殻)のストロンチウム・カルシウム(Sr/Ca)比解析を行った結果,原殻におけるSr/Ca濃度の比は河川性種と海産種で重複した.一方,後成殻では海産種より河川性種の値が低く,特に感潮域から離れた場所で採集された個体ではSrがほとんど含まれなかった.これらのことは回遊行動の存在を強く示唆し,分子データおよび原殻・蓋の形態に基づく過去の研究結果と合致する.アマオブネ科における上記基礎情報の蓄積は,島嶼河川生態系の成立と維持機構の解明や熱帯河川性種の保全研究に有用であると考えられる.
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