本研究は、世界的貧困への道徳的義務を、特に人権概念に焦点を当てつつ探求するものであるが、本年度には以下のような成果を得た。 第1に、世界的貧困への援助アプローチについて、人権・デモクラシーとの関係で分析を行った。具体的には、W・イースタリーの近刊『専門家の専制』を導きの糸としつつ、既存の援助アプローチの主流が、国家的開発の名の下に援助の対象となる人々の人権や政治的主体性の不尊重を導いていることを論じ、またそのような議論が今日影響力のある国際開発の議論 (例えばJ・サックスの『持続的開発の時代』に現れるもの)にも通底していることを示した。この成果は「これからの援助の話をしよう:開発の心的態度を問い直し、援助の政治性を考えること」として出版された。 第2に、2015年秋に採択された持続的開発目標(SDGs)について、その策定プロセスの政治学的分析、および思想的背景たる経済学者たちの議論について哲学的分析を行い、英語論文「A Philosophical Examination of SDGs」を執筆した。これはSDGsが直面するレジティマシー問題をSDGs策定過程の正統性、SDGs適用下における意思決定のローカルな正統性に分けて分析しつつ、SDGsの思想的基礎にみられるケイパビリティ主義や生活の質の計測について、政治哲学的意味を探索した。 第3に、昨年度の成果を引き継ぐ形でジョン・ロールズにおける人権の哲学の議論の解釈を、ロールズ内在的に行うべく、大量のロールズ研究の先行文献の渉猟・分析を行った。具体的には、ロールズが人権の哲学の構想に際して大きく依拠しているT・スキャンロンとD・フィルポットの人権と主権の構想の分析を行い、ロールズの人権構想成立の源泉の推定し、規範的擁護可能性を検討した。その結果明らかとなった知見は、2017年出版の単行本の一論文として刊行される予定である。
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