我が国では河口のサケ捕獲施設や河川改修などの影響により,サケがほとんどの河川に遡上していないため,これまでサケ属魚類が河川生態系に果たす役割については,ほとんど研究されてこなかった。そこで,サケ属魚類の産卵遡上による河川生態系へのMDN輸送経路の把握と,その質的および量的な評価を目的とした解析を行った。 河川内におけるサケ死骸数が多い河川では,水生生物に多くの海由来栄養(MDN)が取りこまれており,それらに含まれる窒素の約10~30%はサケによるものであると考えられた。一方,ヒグマや洪水により多くの死骸が陸上へ運ばれる河川では,河畔植物により多くのサケ由来の栄養が取りこまれていることが確認された。 サケの死骸が河川に長く残存する河川では,春季まで河床の有機物や水生生物の窒素安定同位体比が高かった。したがって,MDNが長期間河床や生物に貯留されている可能性が示唆された。 水生生物の窒素安定同位体比は,サケの死骸密度の他に各生物の食性や生息環境の影響を受けて,様々な河川環境要因との相関がみられた。また,同じ生物の窒素安定同位体比は,河川内および河川間スケールでも異なっていた。これらのことから,水生生物によるMDNの取り込みは,生物の生活史特性に応じて異なると考えられた。 北海道でサケ属魚類が遡上した35河川における各生物の窒素安定同位体比を効果量としてメタ解析で統合した結果,サケ属魚類の卵や肉片を直接的に摂餌する水生生物では効果量が有意であった。しかし,それ以外の水生生物では効果量が有意でない傾向が検出された。このことは,サケ属魚類由来物質は,北海道では水生生物にとって低次からのボトムアップ効果よりも,直接的な餌物質としての効果の方が大きいことを示唆している。
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