最終年度は、個人論文集刊行にむけた具体的構想を固めることを念頭にしながら、これまでの成果の取りまとめを中心に研究をすすめた。 具体的には、1.前年に引き続き「楽市」の地域史的意義を問い直す視点から、(1)織田氏(美濃加納)、(2)後北条氏(武蔵世田谷・相模荻野・武蔵白子)の事例について、それぞれ関連史料の収集・調査研究をおこなった。 また、2.中近世移行期における「楽市」の歴史的意義について、これまでの研究成果をふまえて取りまとめをおこなった。その中で「楽市」が、各大名領国の社会情勢や権力自身の支配理念に大きく左右されて成立・変化する性質をもっていたこと。領域支配上の課題解決にむけた合理的かつ現実的対策として、平和の確立や経済特区としてのあり方を一時的に可視化するための、いわゆる法令(文書)を発する大名権力自らの理想の概念であったことを明らかにした。 同時に、幕藩体制下の地域社会における記録・評価・伝承という側面からも分析を加えた。その中で、近世において「楽市」はそもそも、社会秩序の変容や市町の存亡にかかわる特別な法令・空間としては認識されていないこと。一方、近世以降も社会的システムとして「役」が継続することから、その賦課を免れようとする在地では、諸役免除という記述の有無にのみ法令の価値を見出し、歴史的事実として書き留められる場合も「市日指定」「市町免許」の制札という形で単純化されていく姿を指摘した。
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