原典に基づいてニュッサのグレゴリオスにおける神化思想の内的構造及び教父に先行する他思想との影響関係を検証する研究を遂行した。追究された内容は日本宗教学会での発表において成果が示された。 神化の内的構造を追究するために、徳(アレテー)の概念に改めて焦点を当て、古代ギリシャ思想との比較を通して、グレゴリオスにおける徳の位置づけを検証した。N.グレゴリオスは、人間の完成をアレテーによって特徴づけており、ギリシャ以来受け継がれてきたこの概念を受容・変革しつつ、キリスト者としての生の中核に位置づけて論じている。アレテーは、人間が善なるものを宿し、自らの自由意志と神の恩寵との協働によって「神の似姿」になってゆく神化のプロセスを担うものと考えられ、とりわけ『モーセの生涯』など晩年に至るにしたがい言及されることの多くなってくる概念である。ヘレニズム文化を吸収したキリスト教の教父であるグレゴリオスにおいて、ギリシャに由来するアレテーという概念がいかに受容され同時に変容されているのかの様相を見極めるために、先の学会発表・論文においては、グレゴリオスの論じる「敬虔に即した徳」についての記述を検討の起点に据え、彼の指し示す徳の射程を考察した。本論において特に強調した点は、ソクラテス的な愛智の精神との共鳴点を有しつつも、グレゴリオスにおいては人間知性の否定の契機が徳の形成に重要であると考えられている点である。更に、こうしたキリスト教神秘主義的な知に支えられた徳は、見えざる超越者の具体化として捉え直された人間の善への道程が、自己と神のあいだのみならず、倫理的視野(自己と他者の関係)を有するという点についても言及した。
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