3年度目では,これまでに考えられてこなかった光周波数コムの応用例として,固体物性への展開を研究した. 周波数が数GHzから数百GHzの領域には,物質の素励起(音響フォノン,マグノン,スカルミオンなど)の周波数が集中している.これらの素励起の周波数に光周波数コムの繰り返し周波数を合わせることで,効率的に励起できるのではないかと考え,実際にシリカファイバーの音響フォノンに対して実験を行った. シリカファイバーの音響フォノンは,誘導ブリルアン散乱として馴染みがある.励起光をファイバーに入射すると,ファイバー内での後方散乱光とのビートによって定在波が生じる.すると,電歪効果によって定在波の腹の位置の密度が高くなり,結果的に疎密波(音波)が生じる.このとき,励起光と散乱光との間の周波数差によって定在波は速度をもつが,この定在波の速度と,ファイバー内の音速が一致した時に位相整合を満たし,後方散乱光と音波は誘導的に増幅される.これは一般的な誘導ブリアン散乱であり,通常は連続波の励起光の時に最も顕著となる.また,位相整合条件は音速と励起光の波長によって決まり,シリカファイバーを波長1 μmの光で励起した時はおおよそ15.6 GHzとなる. 私は,光周波数コムの縦モードを4モードに制限しその繰り返し周波数を音響フォノンの周波数の半分付近(7.8 GHz)に設定し,長さ10 kmのシングルモードファイバーからの後方散乱光強度を測定した.その結果,繰り返し周波数を合わせたときには,繰り返し周波数をフォノンの線幅(約10 MHz)以上ずらしたときと比較して最大30倍の後方散乱光が確認された.つまり,繰り返し周波数によって音響フォノンが効率的に励起されたことがわかった. この成果を応用することで,物質の素励起を光周波数コムによって制御するという,これまでになかった応用が期待される.
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