平成27年度は以下のとおり研究を進めた: 1.平成26年度に続き、ミシガン大学にてWilliam H. Baxter教授のもとで上古中国語の音韻史の研究を進めた。Baxter教授とLaurent Sagart教授の共著である Old Chinese: A NEW RECONSTRUCTION(OXFORD UNIVERSITY PRESS、2014年)で再構された上古音体系について検討を加えるとともに、新たな資料を用いてより確度の高い仮説を導き出すよう研究を進めた。研究を通して様々な課題が見えてきた。 2.「少」の上古音再構 平成27度には「少」に関する論文を発表した。{少}という語に関しては、字音と意味の近似性から{小}との通仮を認める研究者も少なくないが、そもそも{少}は中古音書母sy-であり、{小}では中古音心母s-であるため、原則として通仮しない。本研究では戦国楚簡をはじめとする出土資料とビン語等との対応関係から「少」と「小」の通仮を否定し、「少」を上古の*st-に由来する書母sy-であると推定した。*st-と再構することで、出土資料に見える通仮やビン語等の状況を説明することが可能となった。成果は論文で発表した。 3.「西」の上古音再構 また「西」の上古音声母についても検討を加えた。中国諸方言において「西」はみな摩擦音で実現され、中古音でも/s-/と再構される。したがって、多くの研究者が「西」の上古音に*s-を再構する。本研究では「西」の古文を声符に持つを考えられる「訊」の古文(「言と西に作られる」)を手がかりに、{西}の上古音を再構した。甲骨文や金文などを見てみると、「訊」は人声である可能性が高く、その上古音は*sninsのように再構される。これを根拠の一つとして、本研究では「西」にも*sn-を再構した。
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