2014年半ばから体調が不安定な状態が継続しているため、当初の実施計画にあった海外調査は断念せざるを得なかったものの、昨年度の予定通り論文を発表し、単著の具体化を進めることができた。 論文は2015年10月号『現代思想』の特集(LGBT――日本と世界のリアル)のため依頼されたものであり、「砦を去ることなかれ――繰り返し、忘れえぬ爪痕に抗して」と題して発表した。この論考では採用期間中の研究結果を踏まえつつ、近年社会的に認知され、メディアでも積極的に取り上げられている「LGBT」という層について、安易に括ることでかえって見えなくなる問題があることを指摘し、とりわけトランスジェンダーの課題について国内外の当事者の様子を交えつつ考察した。この論考は朝日新聞紙上のコラムで紹介されたり、大学附属の研究センターで読書会のテキストになるなどして用いられている。 繰り越し分による企画については、繰り越し申請時点で人選も含めて具体的な計画があったが、先方に特殊な事情が発生したため一度白紙に戻ってしまった。よって時期が遅れたが、「トランスジェンダーと医療」「クィアコミュニティと障害」をそれぞれテーマとした映画を上映し、レクチャーを行う企画として練り直して開催した。レクチャーでは、トランスジェンダーを巡る基礎的情報から日本固有の医療・制度的課題の現状を報告した。参加者の層は厚く、質疑応答も非常に活発であり、継続的な企画を望むという意見も見られた。メディアや当事者団体の一部は「LGBT」が一定の市民権を得たと示すことがあるが、この企画では参加者の率直な認識や疑問、混乱について知ることができた。これは「トランスジェンダーが自己を説明する際、どのような/どうしてコストがかかるのか」という研究課題に直結する示唆であり、単著の内容と今後の研究に繋がることを実感して最終年度を終えることができた。
|