研究課題
本研究の目的は、ピアノ演奏を可能にする鍵盤位置知覚と打鍵位置制御のしくみを解明することである。まず、ピアノ演奏者が予めもっている、鍵盤の空間的記憶の特性を明らかにするため、鍵盤の置かれた位置とその中の参照点とするキー1本の位置以外の手がかり情報を排除し、ターゲットとするキーの位置を指示する実験を行った。キー位置記憶は、それだけに頼って演奏を成立させるのは困難なほどに曖昧なものであったことから、実際の演奏にはリアルタイムの知覚による位置確認や心的マップの修正が重要な役割をになっていると考察された。一方で、これら位置記憶は、訓練経験により正確化されており、鍵盤の空間的記憶は演奏に利用されてもいるだろうと考えられた。またターゲットキーが参照キーに対し近距離であるほど、左手よりも右手による指示で、左側の空間よりも右側の空間で、指示はより正確であった。手の左右を問わず、左空間のキー位置指示よりも、右空間のキー位置指示がより正確であったことは、身体感覚とは独立に空間的位置に依存したキー位置記憶の存在と、その左右非対称性を、明確に示している。また、参照キーの位置を移して同様の課題を行ったところ、参照キーに対するターゲット音の相対的位置に依存して各キー位置記憶が分布していることがわかった。鍵盤は、88鍵の鍵盤空間全体の中で、あるいは奏者の身体からの距離をもとに、半ば絶対的に記憶されているというよりは、むしろ参照とする点を基準に可動な形で表象されているといえるだろう。これらを基礎的な情報として踏まえ、以後、知覚フィードバックによる打鍵位置制御のメカニズムを解明していくことが可能となった。上記の知見は、演奏技能のメカニズムの基礎情報として演奏学習者や指導者への情報提供になると同時に、空間的な運動制御を要する比較的大きな道具系や操作盤一般の利用モデルにも示唆を与えうるものと考えられる。
2: おおむね順調に進展している
ピアノ演奏の熟達者、非熟達者を対象に、異なる参照点でのキー位置指示課題の実験をおこなった。また、これらの成果について、国際会議(ISPS)の論文集および口頭発表に発表した。さらに、国際会議後に訪問した各研究室でもさらに十分にディスカッションし、今後への指針を得ることができた。また、次年度の実験システムの開発に着手することができた。
今後、鍵盤位置を知るための各種モダリティ情報の知覚の影響を調査する計画である。まず、手指へと送る運動指令はそのままに、その他の情報フィードバックを取得不可能な状況で、指の動きのみ再現した場合の打鍵位置系列の特徴を検討することで、運動指令記憶、あるいは体性感覚フィードバックによって得られる演奏の打鍵位置制御に関する情報の詳細を明らかにしたい。指の運動の再現実験に引き続いて、より日常的な演奏場面における各種情報フィードバックの遮蔽実験、変化する視覚・聴覚フィードバックによる打鍵位置追随の調査等をおこなう。尚、再現された指の動きの「打鍵」位置を取得するために、平面との接地点を直接求めることで、解析の効率および精度の向上をはかりたいと考え、タッチパネルを用いたリアルタイム解析システムの導入を勘案して実験システムを開発する。
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Proeeedings of the International Symposium on Performance Science 2013
ページ: 67-72
https://sites.google.com/site/ohsawachie