細胞の状態(遺伝子発現量、細胞サイズなど)を定量する際、ある一時点の細胞集団の平均値、分散といった統計量を計測し、その統計量が細胞の内因的な性質のみを反映しているものと考えるが、細胞集団に対して計測した統計量は、個々の細胞の状態変化を直接反映した統計量とは異なる可能性があり「一細胞」と「集団」の対応付けが必要であった。本研究では、これまで我々が開発を進めてきた長期一細胞計測システムを応用し、個々の細胞の状態のゆらぎが集団ダイナミクスへ与える影響を捉えるための現象論的な枠組みを構築することを目指し、以下の事項を実施した。 (1)由来の異なる2つの大腸菌株を栄養源と温度が異なる様々な培養条件下で、長期一細胞計測を行った。その結果、これまで行った実験条件においては、大腸菌の増殖過程はBellman-Harris過程に従うとしたモデルで説明できることが明らかになり、さらに、理論から予言される「一細胞の増殖率」よりも「細胞集団の増殖率」の方が高いこと、そして、十分長い時系列に沿った齢分布が理論から導出される”optimal lineage”の齢分布になることを実験的に検証した。 (2)薬剤(クロラムフェニコール)耐性遺伝子(CAT)と蛍光タンパク質(YFP)の遺伝子を大腸菌のゲノムに導入したCAT遺伝子の発現量がモニター可能な大腸菌株を用いて、成長速度(体積成長率)や遺伝子発現量と増殖能の関係を一細胞レベルで調べた。これまでに、発現量に応じて増殖能が高くなるという集団計測による知見は得られていたが、一細胞レベルでは、薬剤投与時の成長速度が低い細胞の方が生存率は高く、発現量には依存せず、薬剤投与後十分時間が経過後においても、発現量と成長速度には相関がなかった。 以上の結果により「一細胞」と「集団」の違いやそれをつなぐ枠組みを実験的に検証可能であることが示めされ、今後、様々な応用が期待される。
|