研究課題/領域番号 |
13J09326
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
安達 真弓 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ベトナム語 / 指示詞 / 文末詞 / 感動詞 / 文法化 |
研究実績の概要 |
26年度は、ハノイ国家大学の協力を得て、ハノイ市においてベトナム語母語話者による談話データを新たに収集した。現時点では、会話分析に使用できる公開されたベトナム語のコーパスはほとんどないためである。 その際、2つの収集方法を用いた。1つは、絵カードを並べ替えるタスクである。実験前に、「あるテーマについてペアで議論を行った場合、主張・不本意・驚き・疑問などを表す文末詞が出現しやすいだろう」という仮説を立てた。そして、21ペア(男性10名、女性32名)の参加者に対して、各ペア約15分のタスクを課し、その様子を録画・録音した。具体的には、①ペアで15枚の絵カードを並べて、一続きの話を作り、②1人ずつ、出来上がった物語について語った後、 ③「これまでで一番驚いたこと」について、コンサルタントがインタビューを行うというものである。しかしながら上記の仮説に反し、得られた会話中には文末詞がほとんど現れなかった(約50個)。その理由の一つとして、参加者の多くがカメラを前に緊張したことが考えられる。一方で、絵カードを指差すために、指示詞(特に近称)の使用が多く観察された。今後このデータは文末詞だけでなく、指示詞の分析のためにも利用できないか検討中である。 2つ目の調査として、知人の家庭において、家族3人の夕食の会話を8時間分録音した。こちらはリラックスした雰囲気で録音したためか、文末詞が頻出した(約200個)。収集したデータを言語コンサルタントの協力のもとに書き起こし、分析を加えた。 その後、そのデータを実例として用いて国際学会で口頭発表し、ベトナム語の指示詞と同形の文末詞の使用には、話し手による聞き手の知識についての評価が反映していることを主張した。 また現在、26年度の学会発表の原稿に加筆・修正したものを論文としてまとめ、国際雑誌の指示詞の文法化の特集号に投稿できるよう、準備を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでは、ベトナム語指示詞、及びそれと同形の文末詞・感動詞について、主に小説や戯曲といった書かれたデータや、ネイティブスピーカーへのエリシテーションなどを用いてその特徴をリストアップするという記述的な研究手法を用いてきた。しかしながら、指示詞・文末詞・感動詞などのダイクシス表現の解釈のためには、言語外の文脈情報や、話し手と聞き手のインタラクションなどを考慮しなければならないため、これまでの研究方法には限界があった。 そこで26年度は、ベトナム本国で話されているベトナム語について、自然談話データを用いたコーパスを作成し、指示詞と同形の文末詞が実際の会話の中でどのように用いられているのかについて語用論的な分析を行うという調査計画を立て、実際にその目的を達成した。今後、指示詞やそれと同形の感動詞についても、今回収集した談話データを用いて、継続的に分析を進めていきたい。 現在は(主にハノイ市を中心とした地域で話されている)ベトナム語北部方言について詳細な分析を行っている。当初の研究実施計画に記載した、(主にホーチミン市を中心として話されている)ベトナム語南部方言の話者、及び在日のベトナム語話者のデータの収集や分析は計画よりも遅れている。しかし、まずは北部方言のデータ分析を優先し、その後、他の方言の調査も行い、北部方言のデータを比較対象として使用すると共に、今回得たデータの収集・分析方法のノウハウも活用したい。
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今後の研究の推進方策 |
「11.現在までの達成度」の欄においても述べたように、ベトナム語北部方言の収集・分析にこれまで多くの時間を割いてきたため、ベトナム語南部方言や、在日のベトナム語話者のデータの収集・分析が当初の計画通りには進まず、ベトナム語の各方言間の比較がまだ行えていないという問題に対しては、類型論的手法を用いることで、これを補完したい。これまでの文献調査により、指示詞が文末詞として用いられるという現象は、Kambera, Ambonese Malay, Malay, Javaneseといったマラヨ・ポリネシア諸語やBunak、Adang、Abuiといったパプア諸語、そしてタイ語などにおいても観察されており、また、指示詞が感動詞として用いられるという現象は、日本語や韓国語、広東語やその他いくつかの中国語の方言、英語などにおいても見られることが分かっている。このような報告とベトナム語のデータを比較し、指示詞の文法化についての各言語間の共通点と相違点を探りたい。 今後も、現場指示用法における中称指示詞と遠称指示詞の使い分けの基準の違いは、文末詞(や感動詞)の場合と同じように「聞き手の知識の状態」のみによって説明できるのか、その際、聞き手の位置(話し手や指示対象からの聞き手の距離)は考慮する必要がないのかという問題を始め、現場指示用法において多用される指示詞の複合形、また、指示詞単独形が述語として新たな出現や発見、状態変化などを表す用法など、ベトナム語指示詞とその文法化にまつわる諸現象と「聞き手の関与度」に関する諸問題について、昨年度収集した談話データを用いてさらに詳細な記述を行い、3年間の研究の集大成としたい。
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