本年度は主に二つの研究課題に取り組み、成果を得た。(i)有限時間で動作する熱機関、具体的には有限時間カルノーサイクルに局所平衡を仮定してその最大仕事率時の効率論を構築した。有限時間過程においても作業物質に熱力学諸変数が定義可能(局所平衡仮定)とすることで、熱力学的力と流れやこれらを結ぶ関係式について作業物質や熱源の熱力学変数を用いた新しい表現を導いた。これらの表現を用いて、有限時間カルノーサイクルが線形非平衡状態での最大仕事率時の効率の上限値を達成するモデルであることを示すことにも成功した。こうした局所平衡仮定に基づく熱機関の定式化は従来の非平衡熱力学と親和性が高く、非平衡蒸気機関の理論を構築する際の第ゼロ近似としての役割を果たすことも期待できる。以上の成果をまとめた論文を現在投稿中である。続いて(ii)結合振動子系における「同期のエネルギー論」の構築に取り組んだ。結合振動子がリズムを揃える同期現象は位相方程式によって簡潔に記述される非線形力学系の一例である。一方、リズム現象自体はエネルギーの流出入がバランスすることで維持される非平衡散逸系の典型例であり、非平衡熱力学の研究対象として考えることもできる。本研究では微小生物の鞭毛の流体力学的相互作用による同期現象を念頭に、結合振動子系にエネルギー論を導入した。まずそれぞれ円周上に束縛された二つの結合振動子に独立な白色ガウスノイズが加わった系のフォッカー・プランク方程式を考え、その解析解を導いた。続いて得られた確率分布関数を利用し、非平衡熱力学や揺らぎの熱力学を適用することで、結合振動子の振動に伴うエネルギー散逸率の公式を導出した。これを流体力学的相互作用するストークス球などへ適用し、同期・非同期によるエネルギー散逸率への影響を定量的に評価することにも着手した。これらの成果は日本物理学会において発表され、現在論文を準備中である。
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