生体膜リン脂質中の多価不飽和脂肪酸は、炎症や虚血等により産生される活性酸素種(ROS)により酸化され、「酸化リン脂質」を生成する。これまで、ROSや酸化リン脂質は生体にとって有害な因子と捉えられてきた。しかし近年、酸化リン脂質の分解産物である酸化脂肪酸が、核内受容体の活性化や、転写因子の抑制、ホスファターゼ、キナーゼ活性の阻害作用があることから、酸化脂肪酸が生理的な細胞内シグナルに関与することが考えられる。しかし、酸化脂肪酸の産生の制御機構や、実際どのような酸化脂肪酸が生理的な細胞内シグナルに利用されているのか、全く解明されていない。当研究室では、酸化リン脂質に特異的に作用し、酸化脂肪酸を切り出すユニークなホスホリパーゼ、細胞内Ⅱ型PAFアセチルハイドロラーゼ(PAFAH2)のノックアウトマウスも有している。我々はこれまでに、PAFAH2がマスト細胞に強く発現しており、ノックアウトマウスではIgE/抗原刺激依存的なマスト細胞の脱顆粒反応が減弱していること、ノックアウトマウス由来のマスト細胞では、FcεRI近傍の上流分子のリン酸化が大きく減弱しているために抗原刺激依存的な脱顆粒反応が減少していることが分かった。 そこで昨年度において、PAFAH2が実際に基質として切り出している酸化脂肪酸を同定すべく、野生型及びPAFAH2ノックアウトマウス由来の培養マスト細胞の培養上清の脂肪酸画分に対し、最新の三連四重極型質量分析計を用い、酸化脂肪酸の網羅的な一斉定量を実施した。その結果、PAFAH2依存的にマスト細胞から培養上清に放出され、ノックアウトマウス由来の培養マスト細胞の抗原刺激依存的な脱顆粒反応の減弱を回復させる酸化脂肪酸の同定に成功した。この結果から、酸化脂肪酸がマスト細胞内の抗原刺激依存的な脱顆粒を制御することが初めて示された。
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