研究課題
不安障害は過度の恐怖を特徴とする精神疾患の総称であり、その治療には恐怖反応の制御機構の解明が重要であると考えられている。私はこれまで、不安障害の治癒にあたる「恐怖反応の消失」、および再発にあたる「恐怖反応の復元」という2つの現象について、その基盤となる神経細胞の性質の変化を検討してきた。そして昨年度、下辺縁皮質という脳部位の神経細胞において、消失時に内因的興奮性が上昇し、復元時にシナプス伝達が減少することを明らかとした。そこで当該年度においては、これら2つの現象の分子基盤について検討した。まず消失について、神経細胞が持つ様々な電気的性質を評価した。結果、後過分極やサグ電位、発火の半値幅に有意な変化は認められず、入力抵抗のみが上昇していることが明らかとなった。この結果から、恐怖反応の消失に伴う細胞の内因的興奮性の上昇には、遅延整流性カリウムチャネルが寄与していると考えられる。次に、復元時にシナプス伝達の減少を引き起こす分子シグナルについて検討した。復元はストレス刺激が原因で起こる現象であるため、ストレス刺激によって放出される分子であるドパミンに着目した。そこで、下辺縁皮質にドパミン受容体阻害薬を局所投与したところ、恐怖反応の復元が抑制されることを見出した。さらに、これらのマウスから急性スライス標本を作製し、シナプス伝達を評価したところ、本来起こるはずの伝達の減少が阻害されていることが明らかとなった。以上より、復元に伴うシナプス伝達の減少および復元そのものに、下辺縁皮質のドパミンシグナルが必要であることが示された。当該年度の研究成果は、不安障害の治癒およびその後の再発メカニズムを示唆するものであり、臨床上重要な意義を持つ知見である。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定通り、恐怖反応の消失に伴う神経細胞の変化の分子基盤に関する検討を行い、さらに復元を引き起こす分子シグナルの特定にも成功したため。
不安障害は薬物依存との合併率が高く、依存性薬物は多量のドパミンを放出させることで知られている。そこで今後は、ドパミンシグナルが恐怖反応の復元を起こすことに十分であるか否かを検討する。また、復元の「動物行動上は失われている記憶が蘇る」という特性に着目し、記憶の想起メカニズムに関する研究も行いたい。
すべて 2014
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件)
The Journal of Neuroscience
巻: 34(28) ページ: 9305-9309
10.1523/JNEUROSCI.4233-13.2014