本研究の目的は、ランダムコイル状態から天然状態への蛋白質フォールディング機構を物理化学的な観点から考察することである。そのため、溶媒効果を厳密に取り入れたポテンシャル関数を用い、さらに近年我々により開発された非常に効率のよい分子シミュレーションの手法(拡張アンサンブル法、例えばレプリカ交換分子動力学法など)を用いた。拡張アンサンブル法の利点は、多数に存在するエネルギー極小状態にトラップされることなく、広い構造空間を探索することが可能となる点である。しかし、従来の拡張アンサンブル法では事前に重み関数を推定する必要があり、複雑な系ではその重み関数の決定が困難であったため、適用範囲が限定されていた。レプリカ交換法およびその拡張版であるマルチカノニカルレプリカ交換法では、重み関数の決定が不要あるいは非常に容易であるため、拡張アンサンブル法の利点を生かしつつ、広い構造空間の探索が可能である。その結果としてより信頼性のあるカノニカル分布に基づく熱力学量が計算できる。 この手法を用いて、溶媒を露に考慮した条件下で、5残基ペプチドであるMet-enkephalinや13残基のペプチドであるC-peptideに関する計算を行った。さらに、これらの計算結果をカノニカル分布に基づく熱力学変数として解釈するためにシングルヒストグラム法や多ヒストグラム法、さらに主成分解析法等の解析手法の開発を行い、蛋白質フォールディングにおける溶媒効果やヘリックス・コイル転移などに関する有用な知見を得た。
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