研究課題
特定領域研究
本研究では、明治5年に「美術」ということばが翻訳語として誕生して以降、ものの分類に「美術」という分野が確立されていく過程で、近世までに蓄積されていたわざ・技術がどのように生かされ、流れ込んでいったのかを検討するため、以下のことを行った。1)明治期に行われた府県博覧会関係の資料を収集し、その成果の一部を『明治期府県博覧会出品目録明治四年〜明治九年』として刊行。それ以後の府県博覧会出晶目録をも収集しデータ入力・校正を行った。2)幕末明治大正期に刊行された書画家番付について、人名から掲載されている番付を参照できるデータベースを作成した。3)近世のモノづくりから近代工芸への流れを検証する一例としてシンポジウム「沖縄のモノづくりの伝統と創造」を開催した。これらによって、「美術」に分類されるようになるものは、明治初期には家宝・家財として茶道具、武器・武具、珍品などとひとつのものと考えられていたこと、書画・詩文・謡はひとつのものとして位置づけられていたことがうかびあがってきた。また、初期の内国博覧会出品目録からは、当時の出品分類はモノの用途を尺度とせず、モノの製作に用いられる技術(わざ)によっていたが、明治20年前後にはモノの用途が分類の尺度となっていくことがうかがえる。これと並行して、製作者と出品作品が1対1で対応する西洋的出品目録の形が導入されるなかで、版画のように原画を描く人、版木を彫る人、摺る人の分業によってひとつのモノが出来上がる場合、原画は絵師の作品として絵画に、版木は彫る人の作品として彫刻に分類されるといったように、複数の技が関わるモノづくりの過程が個々の技に分類される一方、共同制作品が、明治40年の文展開設によって社会通念化される狭義の「美術」の枠外に分類されるようになっていくことも明らかとなった。
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シンポジウム「沖縄のモノ作りの伝統と創造」報告書
Proceedings of the Symposium-Tradition and Creation in products of Okinawa
『モノづくりの源流-トヨタコレクション展』図録
ページ: 167-169
TOYOTA COLLECTION
ページ: 224-229
"Origin of engineering-Toyota Collection" (exhibition catalogue)
Toyota Collection
ページ: 225-229
Chuokoron-bijutsu-shuppan