WNTのシグナル分子であるβ-cateninはc-mycの転写を亢進する。私達は、この転写活性化がc-myc遺伝子の転写調節領域内の新規TCF/LEF結合配列を介して起こることを同定し、この標的配列をTBE3と名付けた。また、TCFファミリーの転写因子のうち正常大腸上皮で発現しているTCF-4がTBE3に結合している時には、TGF-βシグナルによってTCF-4からβ-cateninが解離し転写活性が抑制されるが、大腸癌で高頻度に発現が亢進しているLEF-1が作用している時には、TGF-βシグナルによってLEF-1からβ-cateninが解離せず、c-mycの転写抑制が起こらないことを示した。この領域を介する転写活性は大腸癌細胞で亢進していた。 さらに、TGF-βシグナルの異常は、増殖異常のみならず浸潤能の獲得にも関与することを遺伝子改変マウスをもちいて明らかにした。Apcヘテロ変異マウスは消化管に良性腺腫を多発する。一方、Smad2のヘテロ変異マウスには腫瘍の発生を認めなかった。しかし、Apcのヘテロ変異マウスとSmad2のヘテロ変異マウスを交配すると減数分裂時の交叉反応により、ApcとSmad2のシス複合ヘテロ変異マウスが約28%の割合で生まれてきた。これを利用して、Apcの欠失により腺腫が発生する際にSmad2を介するシグナルも同時に欠損するモデルマウスを作成した。このシス複合ヘテロ変異マウスでは、腫瘍の発生数、大きさ、消化管内の分布に、Apc単独の変異マウスと差がみられなかったが、Smad2の同時欠失によりApcの変異によって生じる大腸腺腫の組織異型度が増し、浸潤能を獲得することが示された。
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