本研究では細胞内におけるテロメラーゼ活性の制御機構を解析するために、ES細胞に存在するテロメラーゼ活性制御分子を同定することを目的として実験を進めた。マウスES細胞は、白血病阻害因子(LIF)を培地に添加することによって、その未分化状態を維持することができる。またES細胞は分化するとそのテロメラーゼ活性を失うことがすでに知られていた。そこで本研究ではES細胞の未分化状態を維持しているLIFの下流でテロメラーゼの活性が調節されていると考え、その可能性を検討した。まずLIF存在下で培養したES細胞、およびLIF除去後6日間培養して分化させたES細胞より粗抽出液を調製し、テロメラーゼの活性をTRAP法を用いて比較したが、両者の間で活性の差は見られなかった。次に同様な実験を、胚様体と呼ばれる構造体を形成させることによって分化させたES細胞で行ったところ、分化がかなり進んだ時点でようやくテロメラーゼ活性の低下が見られた。これらのことからテロメラーゼの活性はLIFの直下で制御されているというよりも、ヒストンのアセチル化、DNAのメチル化といったクロマチンの修飾が関与している可能性が示唆された。この実験と平行してLIFの下流分子であるRasが多くの癌細胞で活性化されていることからRasがテロメラーゼの活性制御に関与している可能性を検討した。ES細胞に活性型Rasを薬剤耐性遺伝子とともに導入し、7日間薬剤による選択を行った。回収した細胞よりRNAを調製してTenの発現量を調べたところ、コントロールに比べて活性型Rasを発現させた細胞ではTen量が増加せず、逆に減少していた。このことから、Rasは未分化ES細胞におけるテロメラーゼ活性の維持には関与していないと思われた。
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