がん細胞の浸潤、転移の機構を解明するためには、細胞運動の制御機構の理解が不可欠である。細胞運動には、細胞の極性化と細胞骨格の再構築が必須であり、これらはいずれもRho、Rac、Cdc42といった低分子量G蛋白質によって制御されている。この中でもとりわけRacは、葉状突起とよばれるアクチンに富んだ突起を形成することで細胞運動の際の駆動力を提供する。CDMファミリー分子はいずれもRacの上流で機能する分子であり、DOCK2もDOCK180もRac活性化を通じて細胞運動を制御していると考えられる。しかしながらDOCk2とDOCK180はその発現パターンが全く異なっており、DOCK180がCrkIIに会合してfocal adhesionに関与するのに対して、DOCK2はCrkIIに会合しない。また、膜移行シグナルを付加することなしにDOCK180の過剰発現は細胞形態を変化させることはないが、一方、野生型DOCK2の発現によりT細胞株において細胞骨格の再構築が誘導される。それ故DOCK2とDOCK180は異なるシグナル伝達系により細胞骨格を制御していると考えられる。 本年度は、リンパ球のRac活性化に関わるDOCK2機能ドメインを同定することを目的に、DOCK2の発現を欠くTリンパ腫細胞株に種々のDOCK2欠失変異体を発現させた細胞株を樹立し、細胞形能、極性化、アクチン重合、Rac活性化につき比較解析した。うち、1種類のDOCK2欠失変異体ではRac結合能が保持されているにもかかわらず、Rac活性化能が顕著に低下し、その結果アクチン重合が誘導できないことを見い出し、この欠失部分に会合する分子(DBP1)及びDBP1に会合する分子を同定した。また、これら分子の機能を明らかにするため、新たな遺伝子改変マウスを作製した。
|