胚性幹(ES)細胞は哺乳動物の早期胚より分離された細胞で、特定の培養条件下では未分化なまま高速で増殖するが、条件を変えると種々の細胞へと分化し、増殖は著しく遅くなる。ES細胞が増殖から分化へと切り換わる時の分子機構はほとんどわかっていないが、私達は昨年度までの研究の結果、切り換えは2段階で行われ、第2過程には翻訳調節因子NAT1が必須であることを見いだした。NAT1は特定mRNAのIRES(internal ribosome entry site)に結合し、その翻訳調節を行うと考えられている。本年度においては次の3つの研究を行った。 1.NAT1遺伝子破壊ES細胞において異常な動態を示す細胞周期調節因子を探索した。その結果p27kip1蛋白質がNAT1ノックアウト細胞において増加していることがわかった。 2.p27kip1やp58PITSLREなどに存在する既知IRESの中で、NAT1により翻訳されるものを探索した。その結果、p27kip1のIRES活性がNAT1ノックアウト細胞で上昇していることがわかった。しかしその後、p27kip1においてIRESと報告されている5'非翻訳領域には潜在的なプロモーター活性のあることがわかった。そこで現在、NAT1遺伝子欠損によるレポーター活性の上昇が、IRESに対するものか、それとも潜在的なプロモーター活性に対するものかを検討中である。 3.NAT1蛋白質に結合するmRNAの同定を試みたが、本年度においては同定に至らなかった。
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