染色体の末端(テロメア)は、細胞の寿命を決定する時計の役目を果たしていると考えられている。つまり、有限寿命を持つ細胞(臓器を構成する体細胞)では、細胞分裂のたびに染色体末端にあるテロメア配列と呼ばれる反復配列DNAが短くなり。これがある下限に達した時に細胞の老化や細胞死が誘導される。このため、何らかの形でテロメア配列の長さを測る機構があると考えられる。一方、癌細胞ではこのテロメア配列が極端に短いものも多いのに、染色体は安定に保たれているが、その違いは判っていない。我々は、これまでに外部から導入したテロメア配列が染色体を切断して新しいテロメアを作る現象(テロメアシーディング)を指標に使って、この分子時計の構成要素の候補としてTRF1と呼ばれるテロメア配列結合タンパク質を同定した。TRF1は、癌細胞では強く発現しているが、初代培養線維芽細胞では発現が弱く、分裂をしない末梢血リンパ球ではほとんど検出できない。そこで本研究では有限寿命を持つ初代培養線維芽細胞でTRF1を強制発現させた時の細胞老化のタイムコースや細胞寿命の変化について調べた。その結果、TRF1を強制発現させることによって細胞老化の誘導が遅れ、また細胞寿命は有意に(5から20分裂)長くなることがわかった。しかし、テロメラーゼを強制発現させた時のように細胞寿命が半永久的に延びる現象は見いだせなかった。また、TRF1の量はテロメアシーディングの活性と密接な相関があるが、有限寿命の細胞でTRF1を強制発現させてもテロメアシーディングの活性は上昇しないことから、有限寿命の細胞ではTRF1によるテロメア維持機構に欠陥があることが予想された。
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