本研究は、神経堤形成メカニズムを明らかにし、生物種間での違いを比較することで、脊椎動物の進化過程で神経堤が獲得された過程を理解することを目指している。そのため、鳥類胚を材料に、神経堤で発現する転写制御因子のSlugに着目して解析を進めた。 単離したSlug遺伝子を含む25kbのゲノム断片のうち、エクソン1の上流0.8kbまでに転写活性があることを培養細胞株や胚への遺伝子導入により確認した。この中には、Wntシグナルの下流にあるLEF1やBMPシグナルの下流で働くSmadの結合配列、E-boxなどが存在していた。LEF1と活性化型β-catenin、活性化型BMP受容体とSmad1とSmad4の共導入によって転写が活性化されることが明かとなった。また、Smad1やLEF1が対応するDNA配列に直接結合することがわかった。しかしながら、TOP-EGFPレポーターを胚に導入して内在性のWntシグナル伝達をモニターしたところ、神経堤の誘導時期に活性がほとんどみられなかった。また、β-cateninはBMPによる内在Slug遺伝子の発現を抑制した。これらのことから、頭部神経堤の形成にはWntシグナルは重要で無いと考えられた。また、Slug上流域のE-boxとそれに隣接する配列にはそれぞれSlug、Sox9が直接結合して転写の活性化を行なう事がわかった。特にSox9は、強制発現によって神経板にSlugの発現を誘導することから、神経堤の形成に重要な役割を果たしていると考えられた。さらに、これらの配列を含むレポーター遺伝子を持つトランスジェニックマウスを作成したところ、神経堤特異的な発現を確認できた。このことから、我々が単離したSlug上流域の配列が神経堤特異的な発現のために十分であり、発現制御メカニズムが種を超えて保存されていると結論された。
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