形態形成因子(モルフォゲン)の拡散によって生じる濃度勾配は、個々の細胞に異なる位置情報を与え、各生物に個有な形態を作りあげていく。ショウジョウバエのdefective proventriculus(dve)遺伝子は、形態形成因子Wingless(Wg)、Decapentaplegic(Dpp)に依存して発現するホメオボックス遺伝子である。翅原基においてDveが一過性に発現する背腹境界は、翅の辺縁部を形成し、機械刺激を受容するための特殊な剛毛を生じる。この翅の辺縁部はNotchシグナルによって誘導され、このシグナルは細胞増殖とも密接に関連し、翅原基の増殖とパターン形成を制御している。また、肢原基においてNotchシグナルは同心円状に活性化され、肢原基の増殖および分節化に関与する。肢原基におけるdve遺伝子の発現も同心円状に観察され、強制発現クローン解析の結果、翅原基と同様にNotchシグナルによる抑制を受けている可能性が示唆された。蛹期の肢原基において、Notch活性化領域は肢分節様構造の遠位部側で、Dveは分節様構造をまたいで発現するため、両者は分節様構造の遠位部側で部分的な重複を示す。発生の進行に伴ってこの重複部分でのDve発現は抑制され、成虫脚分節間をつなぐジョイントと呼ばれる構造を形成することが明らかとなった。さらに、この重複部分において本来抑制されるDve発現を強制的に持続させた場合、ジョイントがまったく形成されず、分節構造も短くなった。つまり、NotchシグナルによるDve発現抑制は、翅、肢原基における細胞の増殖とパターン形成を制御するための共通したメカニズムであることが明らかとなった。
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