分子シャペロンの作用の分子機構の研究は、物理化学的な試験管内蛋白質フォールディングと細胞内での生命現象との関連を解き明かす鍵となる基礎生物科学の重要な課題である。本研究では、ストップトフロー蛍光スペクトルとストップトフローX線小角散乱の速度論的手法を用いて、(1)シャペロニンGroELのATPによるアロステリックな構造転移を構造学的に検証する、(2)プロリンを含まぬ疑似野生型スタフィロコッカル・ヌクレアーゼ(SNase(pro-))の変異体を標的として用いて、標的蛋白質の巻き戻り速度過程に及ぼすGroELの影響を解析する。以下の結果が得られた。 (1)ストップトフローX線散乱法によりGroELのアロステリック転移(T状態よりR状態値の転移)の速度過程を直接観測することに初めて成功した。反応速度定数は5℃で3-5 s^<-1>であり、これはストップトフロー蛍光スペクトルにより観測したトリプトファンTrp挿入変異体(Y485W)の第二相の速度定数と同じであった。 (2)上の結果より、蛍光スペクトルで観測された第一相はT状態への非協同的なATPの結合、第二相がT⇔Rのアロステリック転移であることがわかった。速度論的アロステリックモデルを用いてすべての結果を合理的に説明することができた。T状態、R状態、及び、アロステリック転移の遷移状態におけるATPの結合定数や速度論的パラメータが定量的に明らかになり、遷移状態の構造がR状態の構造に近いことがわかった。 (3)ストップトフロー蛍光スペクトルを用いて、SNase(pro-)にA69Tの変異を導入した変異体の酸変性状態からの巻き戻り反応をGroEL非存在下と存在下で行い、両者を比較した。GroEL存在下では巻き戻り反応がGroELと結合したまま進行し、SNaseのフォールディングのエネルギー地形そのものがGroELとの結合により変わることが明らかとなった。この結果は分子シャペロンであるGroELが標的蛋白質のフォールディングエネルギー地形を変えることを直接示した最初の例である。
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