研究概要 |
近年、多くの環境化学物質が内分泌撹乱作用を有することが明らかとなり、ヒトに精子減少のような生殖毒性などの多彩な影響をもたらすことが懸念されている。一方、大豆に含まれるゲニステイン、ダイゼイン等のフラボノイドは代表的な植物エストロゲンであり、その摂取により健康増進効果があると考えられてきた。しかし、最近、動物実験において女性生殖器系の癌が有意に増加することが見い出された。ヒトにおいても乳腺小葉上皮細胞の増殖速度の上昇や過形成性細胞の増大等のがんの危険性を示唆する報告がある。本研究では、植物エストロゲンによる毒性機構を解析し、以下の知見を得た。また、トルエンの男性生殖毒性機構を検討した。 (1)植物エストロゲンの女性生殖器系がんの誘発機構:a)大豆に含まれるイソフラボンであるゲニステイン、ダイゼインはエストロゲン感受性細胞(MCF-7)で増殖活性を有した。また、表面プラズモン共鳴バイオセンサーを用い、イソフラボン・エストロゲンレセプター(ER)複合体と遺伝子上のエストロゲン反応領域(ERE)との相互作用を検出した。特に、ダイゼインではERβとの反応性が認められた。しかし、ゲニステイン、ダイゼインともにDNA損傷性は認められなかった。これに対して、その代謝物である5,7,3',4'-tetrahydroxyiosoflavoneと7,3',4'-trihydroxyiosoflavoneでは細胞増殖活性およびERとEREとの相互作用はゲニステイン、ダイゼインに比べ、弱かった。一方、これらの代謝物では、MCF-7細胞においてBSO処理下で酸化的DNA損傷性が認められた。したがって、イソフラボンの発がんにおいては、代謝物がイニシエーションに関与し、イソフラボン自身による細胞増殖作用がプロモーションに関与すると考えられる。b)ぶどう等に含まれるレスベラトロールには細胞増殖活性があり、弱いDNA損傷性が認められた。これに対して、その代謝物の1つと考えられるピセアタンノールではDNA損傷性が認められた。したがって、イソフラボンと同様の機構で発がんのリスクを生じる可能性が示唆された。(2)トルエンの生殖毒性発現機構:トルエンを投与したラットでは精子数が減少し、精巣組織において精粗細胞の傷害が認められた。また、精巣から抽出したDNAの8-oxodGの生成量の上昇を認めた。単離DNAを用いた実験でトルエンの代謝物であるメチルカテコール類が酸化的にDNAを損傷することを見い出しており、トルエンは生体内で生成された代謝物による遺伝子損傷を介して生殖毒性および発がん性をもたらすことが示唆された(Free Radic.Res.,37,69-76 2003)。
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