生体をはじめとするソフトマテリアルからなる複合系の特徴はその内部にさまざまなスケールの構造が階層的に存在する点にあるが、その粘弾性をはじめとする力学物性は従来、巨視的なスケールでしか行われて来なかった。このため、測定により得られる情報は巨視的なスケールにわたる平均的なものでしかなく、個々の内部構造に対する情報を分離することは困難であった。しかし、ソフトマテリアルのミクロな構造やダイナミックスの制御を行う上で、各構造に対応したさまざまなスケールでの物性測定を行い、それらに関する知見を得ることは必要不可欠である。本年度は階層的構造を有する複雑流体中にプローブとして荷電コロイド粒子を分散させ、我々が独自に開発した光散乱を用いた複素電気泳動易動度スペクトル測定システムによりその易動度スペクトルを測定することで、複雑流体の局所的な輸送現象ならびに力学的性質に関する知見を得ることを目指した(電気泳動マイクロレオロジー)。 具体的には、非イオン性界面活性剤(C_<12>E_5)からなる柔らかい2分子膜が数十nmの繰り返し周期で水中に分散した系(リオトロピックラメラ相)に膜間隔より直径の小さな荷電コロイド粒子を分散させ、その複素電気泳動易動度スペクトル測定を行った。その結果、スペクトルに2つの緩和過程が観測され、低周波ほど易動度が減少し、数Hz以下ではほとんどその易動度がゼロになることがわかった。さらに、この系の誘電緩和測定ならびに蛍光ラテックス粒子を用いた蛍光顕微鏡観察による1粒子追跡の結果、これらの緩和が膜間隔(数十nm)、ならびに膜の相関長(数百nm)程度の距離でコロイド粒子の自由な拡散を妨げる障壁が存在するために発生していることがわかった。本研究により内部に階層構造を有する複雑流体中でのナノ粒子のダイナミックスには階層的な構造に対応した動的階層構造が現れることが明らかとなった。
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