生体をはじめとするソフトマテリアル複合系は内部に様々な空間スケールを有する構造が階層的に存在するため、その巨視的力学物性は十分に解明されているとは言いがたい。しかし、ソフトマテリアルのミクロな構造やダイナミックスの制御を行う上で、各構造に対応したさまざまな時空間スケールで局所力学測定を行い、それらに関する知見を得ることは重要である。 本年度は非イオン性界面活性剤(C_<12>E_5)からなる柔らかい2分子膜が数十nmの繰り返し周期で水中に分散した系(リオトロピックラメラ相)に膜間隔より小さな荷電コロイド粒子を分散させ、その複素誘電率スペクトル測定を行った。その結果、誘電率スペクトルに数百kHzおよび1kHzに2つの緩和過程が観測された。低周波緩和は粒子を添加した場合のみに現れたのに対して高周波緩和は粒子を添加しない場合にも現れる。解析の結果、低周波緩和は昨年度報告した電気泳動易動度の高周波緩和と同一の機構で起こっていること、高周波緩和は導電体である水相中に絶縁体である2分子膜が分散することで生じるMaxwell-Wagner緩和であることがわかった。 さらに蛍光標識されたコロイド粒子の運動を蛍光顕微鏡下で直接観察することにより、昨年度観測された低周波における易動度の著しい低下の原因が、ラメラ構造の欠陥に捉えられながら拡散していく粒子のきわめて遅いブラウン運動によるものであることをつきとめた。 本研究により得られた2分子膜からなる不均一構造を有した媒質中でのナノ粒子の局所的な物質輸送に関する知見は、生体中ならびにそれを模倣したソフトマテリアルを用いたナノ空間内での輸送現象とその制御のための基礎的情報を与える点で意義がある。
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