Acinetobacter genospecies Tol5株の付着メカニズムを明らかにするために、トランスポゾン挿入法による変異株の取得を行った。その結果得られた7種の変異株のうち、付着性をほとんど完全に失ったT1株と、部分的に失ったT6株について、検討を進めた。各株がポリウレタン表面に付着した様子をSEMで観察したところ、野生株は細胞が密にかつ多層になって付着しているのに対し、T1株は単一の細胞が非常にまばらに付着していた。また、T6株は、単層または小さな細胞凝集体として付着していた。以上より、Tol5株の高い付着性は、固体表面に付着した細胞にさらに別の細胞が次々と付着していく共付着によるものであることが示された。 ポリウレタン表面への付着の様子を、FE-SEMにより詳細に観察した結果、野生株はアンカー状の細胞付属器によって、固体表面上につながっていることが明らかとなった。このアンカーは枝分かれせず、固体表面に向かって真っ直ぐに伸びており、その先端で表面と相互作用していた。アンカーは菌体と固体表面だけでなく、菌体細胞同士の長距離結合にも関与していた。また、密な凝集体上では、アンカーとは形態上異なる付属器が、比較的大量に観察された。これらは、非直線型であり、枝分かれや屈曲した形状をしていた。アンカーは概ね500nm以上であるのに対し、非直線型付属器は300nm程度であった。 このような細胞表層の付属器はT1株では欠損していたことから、これらが、Tol5株の固体付着には必要であることが明らかとなった。また、T6株細胞表面には、付属器が観察されたが、野生株のアンカーとは形態が異なっており、むしろそれらは、屈曲タイプの付属器に類似していた。固体表面との相互作用は付属器先端ではなく、付属器全体に及んでいた。したがって、T6株は野生株のように離れた距離から表面に固定されるのは不可能であると思われる。野生株をトリプシンで処理したところ、付属器が消化され、自己凝集体が分離したことより、付属器は蛋白質を主成分とするピリに近いものであることが判明した。
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