LB膜は水面上に展開された両親媒性分子を撥水性のバリヤで圧縮し、細密充填の単分子膜として固体基板に移し取る手法である。極めて規則的なナノ組織膜を任意の順序で積層できるため、光合成を模した効率的な光電子移動反応場として注目され、多くの研究がなされてきた。しかし、多くの分子を組み込んだ多層膜は不安定であり、安定で平滑性の高い膜が求められていた。これまでに粘土や層状覆水酸化物などの無機層状ポリイオンで裏打ち補強することにより、極めて高い安定化が実現しているが、粘土シートの粒界が欠陥となる恐れがあった。 本研究では、無機層状ポリイオンの前駆体として、バナジン酸の希薄溶液を利用することにより、有機両親媒性分子の凝集、圧縮と連動して無機層の会合、縮合を促して単分子膜を作製することに成功した。この単分子膜は比較的固い膜であり、従来の水面上に展開するLB法では製膜できない分子(特にアルキル鎖長が短い分子)でも単分子膜を得ることができた。また、ガラス、シリコンウエハ、透明導電ガラス基板上に移し取ることが可能であり、シリコン基板に作製した単分子膜を原子間力顕微鏡で観察すると、1000nm角の観測領域中で最大高低差0.5nmの平滑な膜が得られた。使用した両親媒性ビオロゲン分子のサイズを考慮すると、粘土LB膜にで見られたシート状粒子の粒界は観察されなかった。また、得られた多層膜の吸収スペクトルはバナジン酸、ビオロゲンの吸収スペクトルの重畳した形となり、積層数に比例して増加したことから、均質な多層膜が得られたことが確認できた。 この多層薄膜の電流電位曲線を測定すると、ビオロゲンの第1、第2還元に相当する2組の可逆的な酸化還元ピークが観測された。光照射によってこの電位のシフトは見られなかったが、周期的な電位掃引を操り返すと酸化還元ピークが若干増大することが判った。また、アルキル鎖長12 18のビオロゲン分子のLB膜を比較すると、電極での電子移動速度の指標となるピーク間電位差をビオロゲン分子のアルキル鎖長が短い場合に小さくなり、電子の授受が起こりやすいことが判った。また、光応答電流の励起波長依存性を測定すると、バナジン酸の吸収スペクトルと一致することから、バナジン酸層の光励起による電子移動促進効果が示唆された。
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