量子情報デバイスへの応用を念頭におき、半導体量子ドット中の電子スピン制御の基礎研究を多角的に遂行した。1.半導体微細加工で作製される微小なくびれ構造、量子ポイントコンタクト(QPC)、を利用した新しいスピン注入のアイディアを提案した。磁場や磁性体物質は不要である。スピン軌道相互作用が存在する場合のQPCの輸送特性を数値計算によって調べ、電気伝導度の量子化が見られること、透過した電子は電流に垂直な方向にスピン分極すること、InGaAsヘテロ構造において50%以上のスピン分極が得られること、を示した。2.電子の位相緩和を調べる目的で、量子ドットを埋め込んだAharonov-Bohmリングの電気伝導測定がおこなわれている。われわれは位相緩和の原因の一つとして電子格子相互作用に着目し、有限バイアスがかかっている場合の非平衡伝導特性をKeldysh Green関数法を用いて調べた。ファノ共鳴の非対称ピークが電子格子相互作用によって対称な形状に変化することを示し、実験結果を定性的に説明した。3.量子ドット中の電子スピンを量子ビットに利用した量子情報処理において、量子演算の数値シミュレーションをおこなった。現実的な2重量子ドット系をモデル化し、電子間相互作用を厳密に取り入れて電子状態を求めた。磁場の関数として量子ビット間の反強磁性結合の大きさを見積り、またトンネル障壁の高さの制御によるコヒーレント振動をシミュレートして量子演算における問題点を指摘した。4.電子スピンの長い位相緩和時間が期待されるシリコン量子ドットに着目し、その電子状態の理論研究を進めてきた。化合物半導体と大きく異なる点は伝導帯の多谷構造にある。今年度はこの多谷構造に起因する近藤効果を明らかにした。
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