本研究では、InGaAs量子井戸やGaNを代表的な材料とする非磁性の化合物半導体のキャリアスピンのダイナミクスとその制御性を調べた。InP基板上にInGaAs層6.5nmとInP層10.0nmを269周期重ねたInGaAs/InP量子井戸の時間分解吸収測定では、明瞭なスピン緩和過程が観測された。今回明らかになったInGaAs/InP量子井戸の温度依存性は、既に報告されているGaAs/AlGaAs量子井戸の温度依存性と類似しており、30K以下では温度依存性がなく、30K以上では強い温度依存性を持つことがわかった。スピン緩和機構としてはD'yakonov-Perel'効果、Elliott-Yafet効果、Bir-Aronov-Pikus効果などが考えられるが、前者の二つは温度依存性を持ち、後者は温度依存性を持たない。これから30K以下ではBAP効果、30K以上ではDP効果とEY効果が関与していることが明らかになった。 量子ドットのスピン緩和に関しては、基底準位と第一励起準位が明瞭に分離される高均一量子ドットを用いて、そのスピン緩和時間の温度依存性を測定した。その結果、音響フォノン散乱がスピンの緩和に深く関与していることが明らかになった。 窒化物半導体では六方晶GaNと立方晶GaNのスピン緩和時間の測定に成功した。六方晶GaNでは、スピン偏極率の緩和時間は0.47psという極めて高速であることがわかった。このスピン緩和は、温度を上げるとさらに速くなり、225Kまでスピン偏極が観測された。準安定な立方晶構造(閃亜鉛鉱型)の立方晶GaNでは、8nsという極めて遅いスピン緩和が観測された。立方晶GaNのスピン緩和時間も始めての測定報告である。 このように本研究によって、スピンの生成と制御に関して極めて重要な情報が得られた。
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